12月16日
吉野川住民の意見を聞く会・3巡め(治水、利水)レポート
2年前、向こう30年の吉野川の整備計画を決めるために、吉野川方式とよばれる、いわゆる三部会方式での意見聴取が始まった。流域住民、流域首長、学識者の三者に、国交省の示した原案に対する意見をそれぞれ別々に聞く。これまで全国の各河川では、淀川など画期的な住民参加がなされ注目を浴びてきた「流域委員会」の方式が採用されてきたが、吉野川ではその方式をとらない。過去二廻り開催され、二巡目には原案の修正案が、三廻目には再修正案が提示された。二度の意見を聞いて、住民の意見が実際に素案に反映されたか、はなはだ疑問である。
徳島会場では参加者が多く、発言時間が不足して各回とも追加開催がなされたので、今回(12月16日)は、(1)治水・利水について、(2)環境・維持管理について、(3)全般・その他についてと項目別に3回に分けての開催になった。
ちょっと待って、治水と環境を分けてはたして議論ができるのか、会のあり方について話し合うのが順番として先ではないか、など疑問である。分厚い素案やこれまで出された意見とそれに対する国交省の考え方を示した冊子(これも分厚い400頁以上)に目を通し、全体像、問題点を捉え、意見を発するのはかなり大変である。しかし、市民の吉野川への関心は高く、この日も会場はいっぱいだった。
今、あるべき治水とは?
国交省のひと通りの説明が終わりトップバッターの男性がしゃべり始めた。「板野町のエンドウと申します。…」何気なく目をやる。なんと、アノ「元知事」の圓藤さんではないか!いきなりの豪華キャストだ。彼の主張は「前の計画では150年に一度の洪水に耐える岩津での基本流量毎秒24,000トンであったが、今回は台風23号が基準で毎秒19,400トンとなっている。これでは治水安全度が下がったのではないのか?住民は大変心配である。」という主旨だった。
第十堰問題が発端となって逮捕され政界を追われた元知事、(可動堰反対をあげて知事選に挑んだ大田さんとの激戦への選挙資金の必要性から、賄賂に手をつけたという刑事記録がある)市民が圧倒的多数で反対の意思を示した後も「可動堰がベスト」発言を繰り返した。今、この席上で、10年前と変わらぬ見解を述べる彼の姿に感慨深いものを感じたのは私だけではないだろう。
その第十堰の市民運動のリーダーであった姫野さんの発言は、「川の安全」に関して実に対照的だった。これまでの「ダムや堤防によって洪水を川の中に閉じ込める治水」から、「想定規模以上の洪水が来たときに、最低限、人が死なない治水」へ、国交省の考え方は変わったのかどうか。
堤防を高くすればするほど、閉じ込められる水量は多いのだから、想定外の規模の洪水などで堤防が切れたときには被害は甚大になる。それに、前の計画の基本高水流量(岩津で6,000トンカット)を実現するためには、今ある池田ダム、早明浦ダムなど上流のダム群でカットしている2,800トンに加えてあと数基のダムを作り、さらに3,000トン以上カットしなければならないのだから、財政的にも、環境的にもほとんど実現不可能だ。そのような数字に固執するよりも、いつ起こるかもしれない洪水に備えて、被害を最小限にする(人が死なない)治水が求められている。
地球温暖化の影響などで台風は巨大化、被害が甚大化するとも言われている今、治水安全度の考え方は変わったのである。この日、国交省の担当課長は「ダムや堤防を作るだけではだめだと理解している」という歩み寄りの発言をしたのだった。
切っても切れない「山と治水」
治水は森林を抜きには語れない。日本学術会議では、森林の治水効果は大洪水には期待できない、となっているが、中小洪水に対しての効果は明記されている。中小と大の境界は吉野川の場合どこなのか?ビジョン21委員会の研究結果などを参考にして大いに議論したいところである。
ところが「森林の治水効果はほとんどない。」と毎回のように発言されている男性がこの日は、「徳島の森林は80%整備されている。私のように20年間徳島の山を歩き続けていればわかる。」という発言。森林の治水効果を認めるに至ったのか、それは良かったとしても、2回目の発言ではなんと整備率が「ほぼ100%」に変わった。
県内の森林整備の必要性は山に入った人は誰しも認めるところ。県も「緊急間伐○ヵ年計画」など取り組んでいるし、04年の台風により死者を出した旧木沢の崩壊山腹の間伐率がゼロだったことを、私は当時の県議会農水委員会で追及したものだった。その情報を提供すべく挙手してもなかなかあててくれないし、きちんとしたことを説明してくれる山の専門家は会議に出席していないのだ。この発言を鵜呑みにし「徳島の森林整備が完璧」のように思ってしまう参加者もいるだろう。治水がテーマの会に森林の専門家が誰もいないと、こういう事態が起こってしまうし、大事な議論がそこでストップして深まらないし、歩み寄りや合意形成がまるでなされないのだ。
人々が求めているものは
30年間の整備計画の基準となっている04年の台風23号では、堤防がないことが原因の浸水(約240戸)より、堤防はあるが内水による浸水(3000戸以上)が圧倒的に多い。そのためこれまでの意見を聞く会では内水被害に対応する計画を望む声が多数あった。にもかかわらず、排水基場の増設や能力拡大の計画は現在進行の2箇所のみ。国交省は「上流にはまだ無提地区が残っているので、上下流のバランスよく、堤防整備に重点を置きたい」という。
わからないことはないけれど、被害の大きさを考慮すると外水と内水の対策予算の割合はそれ相応にするべきで、少なくとも素案では堤防整備に偏りすぎていると思う。詳しい情報は示されないものの、整備にかける費用約800億円のうち内水対策の費用は数十億円に過ぎないのではないかと推測する。
もちろん内水にもさまざまな原因があり、そのためには県や市町村の対応が必要な部分も多いに違いないが、そこのところは分権化することも含めた議論があってもいい。そして河川工学だけでなく、社会学的に、また住民感情的に、合意形成するための場所が必要だし、新しい河川法の下での住民参加が、単なる陳情の場であったり、住民から一通りの意見を聞くだけで終わってしまってはならない。こうしてさまざまな意見が出れば出るほど、今のやり方が不適当ということがますます露呈してくるのであった。
質問時間が足りない。追加開催は?
予定の4時間を過ぎ、さらに1時間延長も過ぎて、さらに質問をしたい人が多く残った。国交省が「追加開催の有無を含めて検討し、結果は追って発表します。」と言ったものだから、さまざまな予定をキャンセルし、吉野川を最優先させて(高い駐車場料金も払い)参加した市民たちは怒り心頭。追加開催を即断できないところが、この会が限りなくアリバイづくり的であることの証明かも。
川の未来をみんなで決められる日はまだまだ遠いのか。
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